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熊本地方裁判所 昭和51年(ワ)176号 判決

原告 旭観光株式会社

被告 国

訴訟代理人 大歯泰文 山田和武 ほか二名

主文

一  被告は原告に対し、金一、〇二〇万六、八〇三円及びこれ

に対する昭和五〇年一〇月二三日から支払済みに至るまで年六分

の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事  実 〈省略〉

理由

一  〈証拠省略〉によれば、原告は訴外会社に対し、その昭和四八年八月一日から昭和四九年七月三一日までの事業年度における法人税滞納租税債権を有し、これは昭和五〇年一〇月七日(差押時)現在において本税額金一七三万八、八〇〇円、延滞税額金一五万五、三〇〇円合計滞納額金一八九万四、一〇〇円で、昭和五一年六月三〇日現在においては延滞税額が三四万〇、九〇〇円となり、合計滞納額金二〇七万九、七〇〇円となつていることが認められる。

二  請求原因第二項及び第三項の事実については当事者間に争いがない。

三  そこで、本訴請求につき、全額差押に基づく全額取立が適法か否かについて判断する。

(一)  租税を徴収するために必要な財産以外の財産は、差し押えることができない(国税徴収法四八条一項)。これは、租税の徴収のための必要をこえる差押を禁示する趣旨であつて、一個の財産の差押についてはその価額が租税の額を超過する場合であつても、違法な超過差押とはならず、一個の債権についても同様であると解するのを相当とする。なぜなら、その財産の権利者である滞納者が、それを一個の財産とし、また社会通念上一個の財産と認められる以上、徴収職員がそれを分割・区分することは特にその権限が認められている場合(同法六三条但書)を除き許されないと考えられるからである。すなわち、国税徴収法六三条は、全額差押を原則としながら、特定可能で必要がないと認められる場合には一部差押も可能であるとしたものであり、ここに一部差押とするか否かは徴収職員の裁量に任されているものの、第三債務者の支払能力に不安がなく、しかも抗弁権の不存在がはつきりしており、その他諸般の事情から取立が確実であることが予め明白であるとき等特別な場合を除き全額差押をなすべきであり、これが濫用にわたると認められないかぎり、違法の問題は起らないものというべきである。

(二)  次に、徴収職員は、差し押えた債権の取立をすることができるとされている(同法六七条一項)。これは、滞納者の債権の取立権能を徴収職員の行使に委ねたものであり、反面において取立責任を負わせた趣旨と解され(民訴法六一一条参照)、滞納額を限度として取立ができると明記していないことからしても、差押の基礎となつた租税の額にかかわらず、その全額の取立を認めた趣旨と理解される。したがつて、徴収職員は、現実の取立が完了するまでは、差押の解除(同法七九条)をなさないかぎり、滞納者に代りその固有の権限においてその債権の全額について履行の請求をなすべき取立責任があり、第三債務者は全額を履行する責務があるのは当然といえよう。「金銭を取り立てたときは、その限度において、滞納者から差押に係る国税を徴収したものとみなす」旨の規定(同法六七条三項)は、徴収職員に対し取立権能を認めたことによる効果として生じた制度であつて、これによつて取り通てた時に直ちに租税が消滅するというのではなく、金銭の配当及び充当(同法一二九条)の処理がなされる以前において滞納者及び第三債務者の免責を明らかにしたものと解するのが相当である。したがつて、右の条項によつて全額取立がなされた後にその配当・充当手続が残されているのであるから、滞納者がこれによつて不利益を受けることとはならない。

(三)  以上のような解釈のうえ本件をみると、訴外会社の被告に対して有する本件資産譲渡代金未収入金債務は、営業及び資産・負債その他一切の財産を譲渡することによつて生じた一個の債権であり、その分割・区分のできないものであつて、名目上滞納税の約五倍にあたるとはいえ、他の債権者からの配当要求や交付要求も予想され、また本件被告の場合、支払能力に不安がなく、抗弁権の不存在がはつきりしてその取立が確実であることが明白であることが認められない以上、右債権の全額差押をなしたことをもつて違法とはいえず、本件取立権の行使についても、訴外会社に代つてその債権の債務名義を得るための全額取立に違法の廉はないから、被告の主張は採用できない。

四  なお、被告は、和議開始の申立に基因して金銭債務の弁済を禁止する旨の保全命令を受けたことを以つて、被告に対する強制執行は許されないから、本訴請求は訴の利益を欠く旨を主張するが、和議開始前に債務者の財産を維持するためになされる保全命令は、和議開始の決定前、和議債権の保護をはかり、債務者の現実の財産を固定するためこれに対する強制執行等を禁ずる制度であるが、これによつて債務者がまだ一般的に財産の管理処分権能を失うものではないから(和議法三一条参照)、一般の債権者が当該債務者に対し給付訴訟を提起することまで制限したとはいえず、給付判決を得ての給付の実現が不可能または著しく困難であるからといつて給付の訴えの利益がないとはいえないので、被告の右主張が失当であることは明らかである。

五  よつて、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同条一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 玉城征駟郎)

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